Swift, swift, swift

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世の中にはまだまだ不思議なこと、人知では計り知れないことがたくさんある。
すべてを合理的、論理的に説明することなど不可能なのだが、一方で、謎だ、不思議だと思われていたことに必然的な理由があっても、ただそれに気づいていない、気づかないだけという場合もあったりする。

例えば、20年ぐらい前までは世界の謎とされていた「ミステリー・サークル」。あれは完全に人の手によるものだったことが判明しているので、今ではミステリーでも何でもないわけだ。

さて、個人的にいまだ不思議でならない、よくわからないことが多いのは夜見る「夢」である。
このブログにもその手の記事を何度か書いたことがあるのだが、つい最近またぞっとするような体験をしたので、それを記しておこうと思う。

”その夢”を見たのは、昨年の春ぐらいだったと思う。
あまりにも特徴的で、これまでまったくなかった初めての感覚だったので、目が覚めてもハッキリ覚えていたし、いまでもそのときの感覚を思い出すことができる。

夢を「見た」というより、実際にはものすごいスピードで自分が「動いている」という感覚なのである。
まるで鳥にでもなって空を飛んでいるかのような、あるいは何かに流されているような・・・
とにかくものすごい勢いで動いていて、視界が飛んでいくという不思議な体験だった。
夜だと思うが、川が流れていてその向こう岸に灯りのついた家並みが見えたことだけは覚えている。

そして先月終わりのこと。
八王子高尾付近で夕方からの仕事を終えた後、普段ならそのまま下道を走って戻ってくるのだが、そのときはたまたま少し息抜きでもしようと、わざわざ圏央道に乗って戻ってくることにしたのである。
高尾山ICから高速に入り、圏央道を南に向かって猛スピードで走らせた。すでに陽はとっぷりと沈み、薄暗がりのなかヘッドライトを点けて走らせていたのだが、途中高速のフェンスが途切れて左側に見通しの良い光景が見えるポイントがあった。
左側手前には圏央道と並行して流れる相模川、そしてその向こうには灯りのついた家並みが・・・
そこではっ!と気がついたわけだ。あのときの夢の状況そのままではないか、と。

ここで少し事実関係をハッキリさせておかなければならない。

圏央道の高尾山ICー相模原愛川ICが開通したのは昨年6月下旬のことである(正確には2014年6月28日(土)15:00)。
そして僕が今の車に乗り換えたのは昨年9月だ。

圏央道のそのポイントを走らせるのは初めてではない。
6月以降、2回ほど南下して走らせたことがあるにはあるが、どちらのときも助手席に人がいたので左側にある風景を見ているはずはないのである。

いずれにしても夢を見たのが昨年6月より前であることは確かなので、どう考えても辻褄が合わないのだ。
すべては僕の内側で起きたことなので証明できるわけもないし、客観的に検証できるはずもない。
しかし、僕の中では完全にリンクしたし、背筋がぞっとするような戦慄を覚えたのも事実なのである。

Temptation

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081012New Order (1982)

天国とか 玄関 あるいは希望 
まるで心のうちにある感情のようさ ジョークなんかじゃない
こんな風に君を扱うのは僕としても悲しいけれど
魅惑された言葉の数々は 今まで聞いたことがない 語るのは難しいね

上へ 下へ くるっと回って
どうか地面にぶつかりませんように 
今夜は ひとりで歩こうと思うんだ
家に向かいながら 自分の魂を見つけるのさ

振り返るたび いつだって頑張っているとわかる
僕の周りに配置されてきた この円を打ち破ろうと
ときどき 何かの必要を失っていたってことだね
僕にとって切羽詰まったものを 間違いないさ

上へ 下へ くるっと回って
どうか地面にぶつかりませんように 
今夜は ひとりで歩こうと思うんだ
家に向かいながら 自分の魂を見つけるのさ

君が手に入れたのは緑色の瞳
君が手に入れたのは青い瞳
君が手に入れたのは灰色の瞳

これまで君のような人を見たことないよ
ああ これまで君のような人に会ったことがない 

天からの稲妻が 下界にいる人々を打ち倒す
この世界に住む人々 僕たちに行き場所はないんだ

さあ これが最後の瞬間さ
これまで まったく君のような人に会ったことはない  
そうさ 君のような人にあったことがないんだ     

Jump To My Love

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FolderIncognito (1996)

突然私の中で
川のように何かが動き出す
 
海へと出かけましょう
私と一緒に 感情の高まる場所へ
一緒に ワイルドで
自由になりえる場所へと

あなたは私を天国に近づけてくれる
私の目的地を見つけたわ
自分を信じるのよ 何してるの?
私はあなたの名前を叫んでいるの

私の愛に飛び込んできて 私の人生に踏み込んできて
そのためにこそ 愛を手にいれたの
私の愛に飛び込んできて 私の人生に踏み込んできて

私たちがずっと我慢し続けるなんてありえるかしら
いつだってカギを持っていたことも知らないで
私たちがひとつになれる夢のような場所が      
私の目の前に横たわっている
いまはハッキリとわかるわ

あなたは私を天国に近づけてくれる
私の到着場所を見つけたわ
自分を信じるのよ 何してるの?
私はあなたの名前を叫んでいるの

私の愛に飛び込んできて 私の人生に踏み込んできて
それこそが愛を手に入れた理由
私の愛に飛び込んできて 私の人生に踏み込んできて

ぱーっといきましょう
楽しみましょう
足を踏み出さなきゃ
人生を楽しみましょう
お楽しみはこれから
そのために愛を手に入れたんだから

寄せては返す波に乗り
夜空の星のように輝いている
寄せては返す波に乗り
いま私たちは空高く飛んでいるわ

Memo

place in time: 絶好の場所

give it up: 一般にgive upだと降参、諦めるだが、give it upになるとまったく別の意味になる→「拍手かっさいする、応援する」のほかセクシュアルな意味合いも

Something Out Of This World

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FolderSwing Out Sister (1997)

漂っているの
説得に心開いても
夏の日の雲のように孤独だわ

待ち続けているの
理由を求めて
そよ風がかすみを吹き飛ばすまでさまよう
 
数々の思いがすぐに消え去り
時を見失うところならどこでも
なにかもっと素敵なものがあるはず
あなたの気持ちが変わるなら
 
この世界の外にある
なにか不思議なもの
この世界の外にある
なにか素晴らしいもの

深呼吸してみる
秒は時間に変わっていく
純真は過去に屈服する 

成長していくの
都会の花のように
子供たちが遊ぶ泥の中でも純粋なもの  
憂鬱があなたの心に影を落とすときはいつだって
あなたが見つける光景の背後に何か残されているはずよ

この世界の外にある
なにか不思議なもの
この世界の外にある
なにか素晴らしいもの

数々の思いがすぐに消え去り
時を忘れさせてくれるところならどこでも
なにかもっと素敵ななものがあるはず
あなたが正気を失うのなら

Wanted Or “Waiter, There’s Some Soup In My Flies”

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150129The Style Council (1987)

僕のオフィスにいる女の子
彼女はいつも
僕の目の前で立ち止まる
だから何度も挑戦するのさ
もはや隠せない
この気持ちを代弁するものを

だけど話かけようとすると
この舌がもつれちゃって
いつまでも寂しい男のままってわけさ
 
どうしてこうなんだろう
僕の心はがっちりロックされ
鍵を見つけられないんだ
教えてよ なぜこうなっちゃうんだ
試しもしないで引きこもってしまうのさ

なぜなんだ 僕は望まれたいだけなのに 
なぜなんだろう 必要とされたいだけなのに

夢の中に少女が現れ
僕の舞台で夜通し動き回る
そしてちょっとだけ僕を招きいれるんだ 

時間も場所もあるのに
一定のペースで動いていくだけで
僕は間に合ってないようなんだね

方法を示す言葉はあるのに
僕に話せる言葉はない
だからいつまでも孤独な男ってわけ
 
どうしてこうなんだろう
正直に言うと 難しいんだ
希望は夢に変わる でも
なぜ僕は見たんだろう
君が夜に覆われていく姿を・・・
スープの中のハエより最悪じゃないか

僕は求められたいだけなんだ

どうしてこうなんだろう
僕の心はがっちりロックされ
鍵を見つけられないんだ
教えてよ なぜこうなっちゃうんだ
試しもしないで引きこもってしまうのさ

なぜなんだろう 僕は必要とされたいだけなんだ

Memo

What’s worse than finding a dead fly in your soup?
スープの中に死んだハエを見つけるより悪いことって何?
Finding your soup in a dead fly
死んだハエの中にスープを見つけることかな

***

副題にある”Waiter, There’s Some Soup In My Flies”は、直訳すると
「にいちゃん!ハエの中にスープが入っているやんけ!」
という単純な言い間違いなのだが、直接歌の内容には関係ないらしい?

しかし、歌詞の中にもFinding soup in your fliesという一節があって、
この部分をどう訳していいのかずっとわからなかったのだが・・・

結局この歌詞の中の男は言葉足らず、口下手で、
肝心なところで言い間違えてしまう、噛んでしまうということを皮肉っているのかもしれない
出川哲郎や狩野英孝みたいな感じか?